KANSAI UNIVERSITY

INTERVIEW | 私は、こんな人。 /19

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関西大学在学中に起業し、
ビジネスの面白さを痛感。

 ピザ、寿司、カレーなどをインターネットで注文して宅配してもらう。いまでは一般的なサービスをいち早く成功へと導いたのが、夢の街創造委員会の中村利江社長だ。日本最大の宅配デリバリーサイト「出前館」を運営し、現在、加盟店は1万2千店舗を超える。
 中村社長のビジネスのルーツは、関西大学在学中にさかのぼる。
「富山県の厳格な家で育ったので、大学入学を機に実家を脱出した解放感で色々な事にチャレンジしました。人をびっくりさせる事をしたかったのですが、サークルや部活にはいまひとつのめり込めず、それならばビジネスしかないと考えました」
 当時、いつも授業に遅刻する男子学生が「女の子が可愛い声で起こしてくれたら遅刻しないのに」とぼやいていたことがヒントとなり、女子学生を集めてモーニングコール事業を立ち上げた。
「プロ野球好きの学生向けに “昨夜の勝利、おめでとうございます”とコールするオプションもありました。女子大生によるユニークな事業として新聞でも紹介され話題になったのです」
 卒業後は大手情報サービス企業の営業職に携わるが、結婚、出産を機に2年で退社。
「当時は子どもができたら会社を辞めるのが当然という風潮でした。そこで、インテリアコーディネーターの資格を取得し、出産後もフリーランスのコーディネーターとして働きました。仕事をしていないと落ち着かなくて…」
 子育てが一段落すると飲食関連の企業に再就職し、店舗の販促支援を担当。チラシのコストダウンなどに成功し、マーケティング部の管理職に昇進。デリバリーの強化を図っていた際に「出前館」を運営する夢の街創造委員会に出会い、社長就任の依頼を受けることとなる。
「当時、出前といえば電話注文が当たり前。夢の街創造委員会は非常に大きな負債を抱えており、周囲からはネットで注文なんてあり得ないとも言われました。でも、店舗様にとってはコストダウンになり、ユーザーにとっても利便性が高まり、両者がWin-Winになるビジネス。市場性も考え、必ずこれは成功すると信念をもって引き受けたのです」

成功する成功すると、
社員の前で言い続けた日々。

 夢の街創造委員会の社長として経営を立て直すために、加盟店の拡大、社員の入れ替えなど、様々な攻めの改革を進めていった。
「今ではピザのオンライン注文はよくありますが、当時、大手ピザチェーンの契約にこぎつけるまで約2年もの時間を要しました。赤字が続きましたが、社長として人の上に立つ以上は、ネガティブな発言を一切しないようにしましたね。いま失敗しても必ずうまくいく、次はこうしよう、頑張ろうと言い続けました。自分の給料を社内で一番安い10万円に設定し、誰よりも働こうと努めたのです」
 そして社長就任後4年目の2005年、創業以来初となる黒字化を達成。2006年にはヘラクレス(現ジャスダック)市場に上場を果たした。
 現在、中村社長が目指しているのは、宅配ビジネスによる地域活性化とグローバル化だ。
「うちのビジネスモデルは、店舗様が配達できるエリアでの商売をお手伝いするので地域密着型と言えます。食事をメインに、整体などの宅配も始まっていますが、将来的には介護サービスも展開し、もっと地域に貢献したいです。また、平均年齢が約28歳と若いインドネシアに進出しました。日本らしいきめ細やかなビジネスモデルを、海外に広めていきたいです」
 常に挑み続ける中村社長だが、起業しようとする次世代にもエールを送る。
ビジネスで成功する秘訣は何だろうか。
「そう簡単には成功しません。たとえ100回失敗しても、101回目での成功を目指して、どうしたら上手くいくかを考え続け、考えるところがなくなるまでとことんやり切ることが大事なのです」

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